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柴田享三先生 ご逝去 投稿者:山口 修一郎 投稿日:2015/10/05(Mon) 16:25 No.2504   
柴田先生 ご逝去

10月2日 立命館ホッケーの創始者 柴田享三先生が永眠されました。
享年88歳。 10月3日には、からすま京都ホテルで、先生の米寿のお祝いの会が予定されていて、私達は先生にお会いできる事を楽しみにしていた矢先の事でした。 

先生はその日もいつものように午前中は畑仕事にお出かけになり、昼食を済まされて、翌日の米寿のお祝いのご挨拶の原稿を書かれていた途中に心不全により、亡くなられたそうです。

井上さんから先生が書かれていたその原稿を見せて頂き、言葉を失いました。柴田先生の原稿には、「私はこの歳になっても歳よりも若く見られますが、人間というものは、いくつになっても若く見られたいもので、今後も若々しく生きていきたいと思う。」と書いてありました。

88年の人生をただ1点のよどみもなく亡くなるその日まで毅然として生きてこられた先生の人生観をまざまざと見せて頂いた気がしました。

柴田先生には、多くを学び、本当にたくさんの事を教えて頂きましたが、最後の最後に、漢(おとこ)の散り際かくありべしと、教えて頂いた気がします。 深く自分の胸に刻み、今後の人生の糧としたいと思います。


10月3日 通夜式、10月4日 告別式には、日本全国から、弔問に来ていただいた人々で、会場は埋め尽くされ、柴田先生を偲ぶスライド映写の際には、会場に入りきれない程でした。

柴田先生があまりにも偉大すぎて、残された我々は失ったものが大きすぎて、ただただ悲嘆に暮れ、悲しいばかりですが、ただ泣いてばかりいる訳にはいきません。

先生が残された立命館のホッケーを、さらに発展させ、東京オリンピックに向けて、雄飛しなくてはいけません。

柴田先生 長い間本当にありがとうございました。 自分達は、先生の教えを守り、これからも立命館のホッケーを立派に守り続けていきます。


安らかにお眠り下さい。そして空の上から、いつまでも、私達を見守っていて下さい。

我らオール命友マスターズ! 投稿者:宮村正之 投稿日:2015/09/28(Mon) 22:00 No.2502   
我らオール命友マスターズ!より
9月26〜27日富山県小矢部市で開催された全日本マスターズホッケー大会に今年も3カテゴリー(40+、48+、56+)で参加しました。
結果
40+:13位
48+: 8位
56+: 3位
先輩方の3位入賞が光ります!(^^)v
それと今年新調した3カテゴリー共通のユニフォームも光っていますが体にフィットするデザインなのでボディーラインが丸分かりとなり今後はユニフォームに合う体作りが必要ですね^^;

今回仕事や家庭の都合で参加出来なかったメンバーもいて残念でしたが大阪・茨城・横浜から助っ人が来てくれて試合・宴会を大いに盛り上げてくれて感謝でした。

いつまでも仲間と根が繋がっている事は幸せです。
年々体力も衰えて来ていますが64+のカテゴリーには80歳の大先輩が試合に参加されており会場に来る事で逆にパワーを貰った気がします。

最終戦のSO(シュートアウト)戦で私が決めれば勝利でしたがキーパーに当ててしまいサドンデスに突入し結果8位となり申し訳なかったです。m(__)m
SOと2日目の体力が課題となりました。

来年度は北海道での開催です。
ビール園とジンギスカンを目標に頑張ります(^^)v

▼学園ニュース▼より 投稿者:宮村正之 投稿日:2015/06/13(Sat) 16:56 No.2025   
▼学園ニュース▼より
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【1】大阪いばらきキャンパス(OIC)の「OICフィールド開場式典」を開催

5月24日(日)、大阪いばらきキャンパス(以下、OIC)において、新ホッケー場「OICフィールド開場式典」を開催しました。

開場式典には、日本ホッケー協会名誉総裁である高円宮久子妃殿下にご臨席賜りました。

吉田美喜夫・学校法人立命館総長が「立命館は、ホッケーの普及、そして東京オリンピックを見据えた強化に是非とも尽力したいと考えました。

その決意が、この新しいホッケー場です」と挨拶を述べ、その後、ホッケー女子日本代表選手の林なぎささん(2009年産業社会学部卒)、長田豊臣・学校法人立命館理事長とともに始球式を行いました。

当日は開設を記念し、「高円宮牌2015ホッケー日本リーグ」の女子リーグの試合(立命館大学VS聖泉大学)と男子リーグの試合(立命館大学VS天理大学)が行われ、女子は3対0で勝利、男子は強豪天理大学に3対3の引き分けという結果を収めました。

当日、800名収容のスタンド席は観客で埋め尽くされ、スピード感溢れる試合に魅入っていました。OICフィールドは、国際試合にも対応した仕様になっています。

関西春季リーグ優勝! 投稿者:山口修一郎 投稿日:2015/06/08(Mon) 17:44 No.2024   
関西春季リーグ6季ぶり優勝!

6月7日 天理親里ホッケー場で、関西春季リーグ決勝があり、立命館大学男子部が、6季ぶり優勝をしました。

準決勝 対 天理大学 3対2 決勝はリーグ戦のリベンジを果たし朝日大学 に前後半0対0の後SO戦で、3対1で勝利しました。

決勝戦は、粗末な内容の、史上稀に見る凡戦で、ひやひやする場面が何度もありました。

最後はSO戦で、朝日大学の一人目が得点し、立命館大学一人目の大橋雅貴が相手GKにいきなり止められ、親里ホッケー場には、すわ、朝日大学の初優勝かと、不穏な空気が流れましたが、朝日の二人目を前田がファインセーブで止めると、立命館の二人目、新井大地が得意のくるりんぱをきめて、同点。

波に乗った前田が、朝日の3人目、4人目を立て続けに止めると、立命館の3人目近藤が、8秒ぎりぎりのゴール、4人目の曽根が、スイープを右下段に決めて、優勝を決めました。

内容は薄いにせよ、今期初のタイトルをこの春リーグで獲得した事には大きな意義があります。次は王座に向けて、ごりごりしごいて、レベルアップし、王座3連覇、インカレ4連覇に挑まないといけません。

いつもながら、天理ホッケー場をエンジに染めて、多大な応援を頂きましたご父兄、OBGの応援団の皆様、皆様の応援のお陰で勝てたと思います。

今後共、子供たちを、見守って下さい。 ありがとうございました。

【+Rな人】笑顔が素敵な女子ホッケー部主将の一谷奈歩さん(産社4)をご紹介 投稿者:宮村正之 投稿日:2015/06/02(Tue) 17:31 No.2023   
【+Rな人】笑顔が素敵な女子ホッケー部主将の一谷奈歩さん(産社4)をご紹介

一谷奈歩さん(産業社会学部4回生)
女子ホッケー部主将

ホッケーのフィールドで世界を見据える〜ホッケー日本代表さくらジャパンに選出〜

私の地元である京都府船井郡京丹波町ではホッケーが盛んで、ホッケースポーツ少年団に所属していた2人の兄の影響を受けて小学1年生から始めました。

長距離が得意で、中学生の頃1500mで全国大会に出場したこともありましたが、自分の中でいちばんやりたいことはずっと「ホッケー」でしたね。

ホッケーの魅力は、なんといっても“スピード感”。スピードもありボールも硬いのでケガをすることもありますが、スティックの片面だけでボールを操るという、激しさの中にある繊細さが魅力だと思います。

平日の練習は4回生が中心となり練習メニューを考えています。チームをつくるということは大変なことですが、そこにやりがいと面白みを感じています。

一方4回生としての責任の重みを強く感じます。コーチから求められることを後輩たちに教えることと、自分たち自身もそれができることを求められます。

ただ言葉で伝えるだけではなくて、実際に動きも見せて教えているのですが、互いに信頼関係がないと相手も聞いてくれないし、理解してもらえないので、メンバーの関係やチームの雰囲気、伝えるタイミングには気を遣っていますね。

さくらジャパン(女子ホッケー日本代表)として去年11月に初めて選出され、合宿の参加と国際大会に出場しました。

国際大会で感じたことは、海外の選手はパス・走り・判断が速く、パワーも圧倒的に力があったこと。ゲームのスピードについていくだけでも凄く大変でしたが、とても貴重な経験となりました。

また、女子ホッケーが盛んなアルゼンチンでは、熱狂的なファンが多く、無名な私にも、スタンドからTシャツを下ろして「書いて、書いて!」とサインを求められました。そのときに文化の違いを感じましたね。

ホッケーが盛んな国では、観客がホッケーのルールを理解していて、相手チームでも良いプレーには拍手がおこります。そういうところは、「すごくいいな」と思いましたし、日本もそんな風になったら嬉しいなと思いました。

部としては、秋にOICフィールドで行われる全日本学生選手権大会(インカレ)での優勝を1番の目標に掲げています。

現在、大学女子ホッケーは、天理大学・山梨学院大学・東海大学、そして立命館大学が四強です。

この四大学では大きな実力差はないと感じるものの、毎年僅差で勝ちきれていないのが事実です。

私が1回生の頃から毎年順位を上げてきているので、今年は1位しかないと思っています。個人としては、国際大会を経験してから、自分の実力が「今のままでは全然ダメ」ということに気づいたので、今年は最後の“学生のホッケー”に励み、卒業後は社会人としてホッケーを続けていくつもりです。

2020年の東京五輪出場に向けてがんばろうと思っています。「世界」を見据え、力を伸ばして海外の選手と張り合えるような選手になりたいと思います。

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